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2012年6月16日土曜日

カプコン小野義徳プロデューサーが人生を語る「雑誌の広告を見てカプコンに入社しました」

「カプコンは小野を働かせすぎ」小野氏が3月の病院事件の真相を海外サイトに告白

ニコニコ動画などでは「小野、見てるか」でお馴染みの小野さんが結構爆弾発言をしたとのことで、気になったので、原文のインタビューを見てみました、と言うことまではお伝えしました。

しかし、インタビュー内容は、全編カプコン批判ではなく、カプコンという会社を所々批判してはいますが、インタビューの内容の殆どは、小野さんのルーツについてのトークです。というか、小野さんの半生の話しなんですね。

結構面白い話ですので、ボクの稚拙な英語力で翻訳をしてみました。訳とか間違ってて読むのがイヤンな場合は読まないほうが良いです。是非そういう方々のパーフェクトな翻訳お待ちしています。

コスプレしたりするあの明るい「小野義徳」という人物像に迫ってみましょう。

ちなみに、インタビューのサブタイトルは、「How Street Fighter gave the Capcom director a life and then almost took it away again.」ザッと訳すると、「如何にしてストリートファイターはカプコンのディレクターに生命を与え、再び奪ったのか?」という物騒なものです。


小さい頃はプログラムオタク

小さい頃からコンピュータープログラムに興味があった小野さん。

雑誌に載っているプログラミングの本を読むためだけに、毎週街の中心にある大きな書店に通っていました。近所の小さい書店には、そういう本ってなかなか無いんです。当時はカメラ付き携帯電話なんてありませんでしたから、とにかく、3~4ページ読んで頭のなかで覚えて、近くのマクドナルドで覚えたプログラムコードをノートに書き写す、それを繰り返していました。

えーと、小野さん、カメラ付き携帯電話があったとしても、それで本を撮影するのは良くないですよ?とマジレスしちゃいますが、ボクも昔同じようなことをやってたので強く言えません。


高校時代に音楽を始めた理由は「モテるため」

さて、そんなオタク(ギーク)だった小野さんに転機が訪れます。高校生の頃です。

高校に入って、今までのようにプログラムオタクじゃ女の子にモテ無いって気が付きました。だから、私は音楽を演奏することにしました。女の子とコンサートに行ったり、(バンドを組んだ)男の子たちと叫びまくる。それこそがボクの望んでる事だと。

演奏する楽器はキーボードを選びましたが、私はあまりうまくありませんでした。そして、キーボードはドラムと同じく常に目立たない事もあって、高校時代はずっと音楽をやってましたが、結局、女の子にはモテませんでした。

オタク男だった小野さんは、自分を変えようと高校時代に決心して、キーボードに手を出しますが、結局はモテなかったそうです。何かボクの人生と凄く似ています。ボクは未だにモテませんが。


最先端のコンピューターが触れるという理由で大学を選ぶ

さて、モテたいという不純なようで実はごくまっとうな動機ながらも、小野さんの「音楽への目覚め」はここから始まっていましたが、小野さんの中には、実は大きなモノが燻っていたのです。それは、プログラム&ゲームへの情熱です。ですが、小野さんの進路は建築科のある大学でした(ボクの訳が正しいのならですが)。

私が大学に行った動機は、不純かもしれないんですが、コンピュータだったんです。スーパーコンピュータを触れる大学に行きました。当時、この種のアクセスを提供する多くの大学はありませんでした。そして、スーパーコンピュータを触れるように、私は建築の力学コースを選んだんです。とにかくコンピュータを触りたくって、それだけで選んだんです。

モテたいから高校時代は音楽をし、最先端のコンピュータに触れるからと大学に行った小野さん。欲望に正直です。

ですが、これが思わぬ方向で結びつくのですから、人生はわかりません。

建築系の授業なので、3Dグラフィックスプログラムや流体レンダリングを学ぶ機会を得た小野さん。1980年代後半にしては最先端のその技術に魅入られます。そして4年生の時に、院に残って研究を続けるかどうかの選択をしなければならなかったという、就職活動の時が来たのです。


雑誌の広告がカプコンとの出会い

進路を決めなければいけない・・・そんな状況の小野さんでしたが、彼はカプコンがサウンドコンポーザーを募集しているというのを雑誌の広告で見かけます。

ゲーセンで死ぬほどファイナルファイトをやっていたので、カプコンと言う会社は知っていました。当時はこう思ってたんですよ、”カプコンに入ればゲームが作れて、音楽も作れて、それでお給料が貰える!こんな素晴らしい事は他にはないぞ!!”なんてね。

そう感じた小野さん。思い立ったら即行動です。家に帰るとギターのデモテープを作成して早速カプコンに送ったそうです。物凄い行動力です。すると数日後に、カプコンから仕事の面接についての連絡が来て、面接に向かった小野さん。

面接で、来週から働けますか?と聞かれました。こんな簡単に決まっちゃっていいの?と思いました。1993年の事です。

ですが、世の中そんなに甘くはないというのは、よくある話です。


割と順風満帆でリア充な人生を歩んできた小野さん。

憧れのゲーム会社にもあっさりと入ってしまいますが、やっぱり世の中そうは問屋が卸さないようです。

と、言うわけで、今回はここまでです。


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